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「あんたには関係ない」
「ムチャクチャ言うじゃん」
「そ……関係ないだろっ」
外と中との温度差のせいで最初から赤かった頬に、一際の赤色が走る。まともな反論ができる状態なら、そりゃ、最初から思い込みでこんな所に来てないだろう。慧斗はなるべく相手を興奮させないように、静かなトーンで言った。
「何しに来たのか知らないけど。俺、先輩とはもう切れてるから」
「信じるかよ、それで」
瞬発力を持つ反駁に、無意識に左の薬指に手がいって、そう、今は示せる物がないのだと思い出す。感触のない付け根を撫でながら、でもほんとうに、それ以上説明できる事実なんてほとんどないのだけど。
「信じないも何も……昨日今日の話じゃない、一年以上前。解ったら、帰んな」
慧斗はそれだけ付け足して、顎先で自動ドアへ促した。彼の、どこか甘えるような雰囲気の顔立ちが、苦々しく歪められる。
「くそ、最悪」
ドカッ、振動と同時に、力任せに蹴りつけられたレジから派手な悲鳴が上がる。
バックルームにまで破壊音が伝わったのだろう。裏側で冷蔵ケースと繋がるその扉が開き、確認の声が飛んできた。
「中村さん、どしたんすか?」
「……なんでもない」
乱暴な足取りで去っていく黒いダウンの後姿を見送りながら、慧斗は久保に手を振った。
呆気に取られた気分はまだ余韻を引きずっていて、遅れてかすかな不快感が追いついてくる。
ふぅ。ため息が出た。
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