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「これ以上、言わなくていい」
「……っ」
ダメだ。
ここで泣いたら、ダメだ。
私は必死に涙を堪えた。
「望愛ちゃん。……話してくれて、ありがとう」
まだ途中までしか話せていない。
肝心なことは、何一つ言えなかった。
それでも瀬名さんは、ありがとうと言ってくれた。
彼の優しさが、ゆっくりと胸に染み込んでいく。
落ち着く。
と同時に、瀬名さんの胸の音が耳に届いた。
「……」
そして今更ながら、自分がどんな状況にいるのか気付く。
「あ、あの……」
「ん?あ……ごめん」
抱き締められたことで思いきり照れてしまった私を見て、瀬名さんは体を離した。
自然と引き寄せられてしまった。
柊ちゃん以外の男性に抱き締められた経験なんて……今までない。
「少しは僕に心を開いてくれている証拠かな」
「え……」
「ケーキ、食べようか」
「あ……はい」
暗い雰囲気になってもおかしくはなかったのに、瀬名さんが明るい空気へと作り変えてくれたおかげで、私は父のことを思い出した後でも少しだけ笑えた。
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