消えない心の傷-2

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荷物を抱えてエレベーターで一階まで降り、正面のエントランスから外に出ようとした。 でも、外に出る直前で私の足は止まった。 父によく似た男性が、マンションの前を彷徨いていたからだ。 私はすぐにマンションの中に身を隠した。 激しく震える胸の鼓動をどうにか鎮めようと、深呼吸を繰り返す。 一瞬しか見えなかったけれど、背丈や風貌が父のように見えた。 あの人がこのマンションの存在を突き止めているのだと確信した。 今出れば、間違いなく遭遇してしまう。 「あの……楠様、どうかされましたか?」 私はここに自分以外の誰かがいることをすっかり忘れていた。 振り向くと、コンシェルジュの男性が不審そうに私の行動を眺めていた。 「す、すみません。何でもないです」 私は正面のエントランスから外に出るのを諦め、コンシェルジュの横を通り過ぎ裏口の方へ向かった。 このマンションには、出入口が二つある。 裏口は滅多に使用することはなかったけれど、引っ越してきた当初に瀬名さんに案内されたことがあったため知っていた。 裏口から出た私は、父に会わないよう細心の注意を払いながら、駅までの道を走って駆け抜けた。 行くあてなんて、どこにもない。 札幌を出たら、私の居場所なんてどこにもない。 どこにもないけれど、どこかに向かうしかなかった。 逃げるしか、なかったんだ。
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