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「思えば、お前と二人でどこかに出掛けたのは、あのときの一度きりだったな。……お前はもう、覚えていないだろうけど」
「……ちゃんと、覚えてるよ」
なぜあのとき、父は泣いていたのか。
その理由を聞こうと思ったけれど、なぜかもう聞かなくてもわかってしまった気がしていた。
父は、母が亡くなって悲しかったのだろう。
本当は、母の死で深く心を痛めたのだと思いたい。
どれだけ暴力を振るっても、ちゃんと母のことを愛していたのだと信じたい。
私はぬるくなったお茶を飲み終え、ソファーから立ち上がった。
「……多分、もう二度とここへ来ることはないと思う」
父に会いたいと思うことは、きっとない。
けれど、もしも偶然どこかで会うことがあれば、一度くらいなら会ってもいいかもしれない。
そんな風に思えた自分が、少し誇らしかった。
「……でも、元気でいてね。……さよなら」
「……望愛も、元気でな」
私は父の方を振り向くことなく、子供の頃の思い出が詰まった家を出て行った。
もう、ここへは戻らない。
私はこの瞬間、ようやく自分の過去と決別出来たような気がしたのだ。
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