恋に溺れる感覚

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彼女は何を言われているのか理解出来ないような表情をして固まった。 そして案の定、柊さんは僕の発言に反対し怒り始めた。 僕が住んでいるマンションはセキュリティレベルが高く、店にも徒歩で通える距離のため、僕からすれば反対する必要などないと思ってしまう。 でも、もしも僕が柊さんの立場だったとしたら、きっと柊さんのように反対する側に回るに違いない。 「望愛ちゃんは、どう思う?」 僕は、戸惑う彼女から目を逸らさなかった。 きっと彼女は、変わりたいと願っている。 自分の殻を破ろうと、もがいている。 僕にも若い頃、そんな時期があった。 彼女を見ていると、なぜか昔の自分を思い出してしまうことがある。 「わ……、私は……っ、あ……あなたの家には……住まないです……」 最初から、彼女がこの場で承諾することなんて期待していなかった。 でも、期待していないのは、あくまでも最初だけ。 彼女はきっと、僕からの申し出を受ける。 このとき既に僕には、彼女がいずれ出す答えが見えていた。 それは、なぜか。 彼女が、自分自身の変化を何より強く願っていたからだ。 僕は、厨房へ戻ろうとする彼女の背中に声をかけた。 「君は、本当に今のままでいいの?」 ゆっくりと、でも着実に、僕は彼女を追い詰めていった。
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