恋に溺れる感覚

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その日の夜、彼女は自分の過去について少しだけ話してくれた。 函館で生まれ育ったこと。 十二歳の頃に家を出て、それ以来一度も帰っていないこと。 帰りたいと思ったことは、ない。 そう言った彼女は、決して強がっているわけではなかった。 僕は、それ以上のことは聞かなかった。 簡単に聞いていい話ではないような気がしていた。 その年の年末年始、僕は東京へ帰省した。 正月は毎年家族や親戚一同が集結し、仕事の話や今後の会社のことについて議論をし合う。 僕は毎年この集まりが、嫌で仕方なかった。 両親とは、仕事以外の話はしない。 仕事以外のことで両親と話したいことなんて、何一つない。 唯一プライベートのことを話す家族は、妹の麗奈だけだ。 「今年はお兄ちゃん一人だけ?……葛城は?」 「葛城なら、風邪でダウンして寝込んでるよ」 本当なら毎年葛城も正月恒例の家族会議に参加していたけれど、今年は珍しく風邪を引き一緒に帰省することを断念した。 「風邪って……大丈夫なの?葛城は向こうでも一人暮らしなんでしょ?もし高熱で倒れたりしたら……」 「そのときは、麗奈が看病しに行けばいいんじゃないか」 麗奈は自分の気持ちを隠すことが苦手だ。 それは恋をする上で、マイナスな面として捉えられることもある。
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