326人が本棚に入れています
本棚に追加
恐らく望愛は、既にこの街を出てしまったのだろう。
父親が現れたこの街には、いられないと思ったのかもしれない。
僕のことも、柊さんや夏さんのことも、大切にしていた居場所を全て捨てて生きていく道を選んだ。
でも、本当に全てを捨てることなんて出来るのだろうか。
望愛がどれだけ柊さんや夏さんのことを慕っていたか、僕は知っている。
そして、僕のことをどれだけ愛してくれていたのかということも。
だから僕は、望愛がいなくなった現実を信じることは出来なかった。
柊さんと合流するためマンションを出ようとしたとき、コンシェルジュの樫木さんに声をかけられた。
「瀬名様。実は今日の朝早くに、楠様が出て行かれる所を見たのですが、どこか様子がおかしかったので、少し気になりまして……」
詳しく話を聞くと、どうやら望愛は何かにひどく怯えているような様子だったらしい。
事情を何も知らない人間からもそのように見えたということは、望愛はよほど精神的にまいってしまっていたのだろう。
「望愛がどこへ行ったかは知らないですよね」
「えぇ、さすがに行き先までは……」
最初のコメントを投稿しよう!