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「俺達、明日卒業じゃん」
そう。俺達は明日で卒業。進学する者、就職する者、進路は様々だが、とにかく俺達は明日で高校生活にピリオドを打つ。
「そうだね」
神原君がしみじみと、誕生日のケーキのろうそくを消すようにマッチの火を消した。とりあえず、一難去った。
「思い返せばこの3年間、すごく平和だったよね」
「……」
同意は、得られなかったが当然だ。『平和』という曖昧な概念を共有できるはずがない。俺は慌てて、ふわっとしたものをどうにか留めようと情報で絡めていく。
「俺の中学、すごい荒れてて。毎週パトカー来てたのね」
真実を自然に述べる。
「そう……」
「で、誓ったのです。高校は、平坦で安寧な学園ライフを送るぞって」
虚構はどうしても芝居がかる。
「大変だったんだね」
「まあね。有事に飽きちゃった感?でさ、あと1日で、俺の計画がうまくいくのです」
神原君に、目でも訴える。「だから、人気のない理科室にガソリンをまんべんなくまき散らし、その中心に立って火をつけるなんて事件を起こしてもらっちゃあ困るのです」と。
「……」
「わかってくれた?」
自ら命を絶つ者の思考なんて、俺には到底わからない。だから、説得できそうなセリフは一つも出てこなかった。それならもう、自分の欲をぶつけるしかない。『死にたい』男と『計画を狂わせたくない』男の、奇妙な欲のぶつけ合いだ。
「何とも人任せな計画だね。でも、オレだってついさっき計画が破綻したんだ。他人の計画を気にする余裕ないよ」
流れるようにマッチを擦る。そのなめらかな手の動きはマジシャンを彷彿させたが、見とれている暇はない。
「じゃあさ、聞かせてよ。俺の計画を壊してまで神原君をそうさせる理由。権利はあるはずだ」
「……確かに一理ある」
神原君が手首を振って火を消す。滑って床に落ちたらどうする。もう少し丁重に扱ってほしいものだ。
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