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「同じ学年の渡辺さんって、知ってる?」
「えっと、美人で頭がいい方の?」
同学年に渡辺さんは二人しかいない。なんとも失礼な判別の仕方だ。だが今は、急を要するので許してほしい。
「うん。オレね、小3の頃から好きなのね。この高校も、渡辺さんを追いかけて受験したんだ」
神原君の眼差しから、声から、一気に緩んだ頬から、渡辺さんへの想いが伝わってきた。
「すごい熱量だね」
「うん。でも、大学はさ。どうしても無理で、ついに離れちゃうから。打ち明けようと思って」
「……うん」
まさか。失恋が原因なのか。俺の醸し出す不穏な空気に気付いたのか別の理由からか、神原君が訂正を加えた。
「ああ、勘違いしないで。オッケー貰うためじゃなくてさ、告白は、終止符を打つ儀式のようなものだよ。せめて最後に、一緒に写真撮ってくれないかなって」
才色兼備な渡辺さんを狙う男は星の数。その中で神原君が選ばれるなんて、申し訳ないがゼロに等しい。それを自覚していて、それでも想いを伝えようと決意したのか。
「切ないね」
「いいんだ。9年間夢を見させてくれて、感謝してたんだ」
「……そっか」
鼻たれ少年だった頃からこの日まで、一途に心を捧げてきたなんて、俺は目の前の男が愛おしく思えてきた。
「で、渡辺さんなかなか見つからなくて、校内探し回って、ここに辿りついたの」
それが、この理科室に来た理由か。俺は無言で頷き、続きを待つ。きっと次が本題だ。なぜなら、神原君の形相ががらりと変わったから。
「……2年の加藤って知ってる?」
「サッカー部部長のイケメン?」
「そう。二人がね、ここで、セッ……をしてた!!」
神原君が、携帯の画面を見せてくる。今時の高校生にしては珍しい、ガラパゴス・ケータイだ。画像は荒いものの、しっかりと顔を認識できた。間違いなく、渡辺さんとサッカー部部長の加藤が、その、いたしていた。
「……うん」
「そしたらさ、薬品の匂いと香水の匂いと汗の臭いと雄の匂いがするここがすごく汚く思えてきてさ、オレを裏切った渡辺さんも汚く見えてそんなこと考える気持ち悪いオレが一番汚い!」
神原君は声を荒げて一気に言いきる。酸素が足りず、肩で息をする。
「焼き払おうとしたんだね。自分ごと」
「うん。少しでも、渡辺さんの記憶に残ってくれたらいいなって」
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