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「ええ?何言ってるのー。小学校から同じでしょ?当たり前だよ」
渡辺さんにとっては、当たり前の事かもしれない。だが、神原君にとっては、文字通り生死を左右する一大事なのだ。
「そ、そうだ、何かの縁だし、記念に写真撮らない?」
俺は急いでケツポケットからスマホを取り出した。これは、確実にいけるぞ。
「いいよー!今日で最後だもんね」
俺は自撮りモードにして、精一杯腕を伸ばす。画面越しに見た神原君の笑顔に、俺は勝ち誇ってキメ台詞を言う。
「神原君、後でデータ送るねー」
「あ、私も欲しい!」
「わ、渡辺さん、一緒に写真撮ってくれて、ありがとう。家宝にするから」
「なにそれー?神原君っておもしろい人だったんだねっ」
流れでアドレスを交換することになった。神原君は「ケータイを忘れた」と嘘をつき、渡辺さんのアドレスを登録しなかったし、渡辺さんにもさせなかった。
「じゃあ、また後でね」
俺と神原君は、渡辺さんを見送った。一度家に帰り、両親と一緒に来るらしい。
神原君は、自分のガラケーをじっと見つめている。もちろん、さっき撮ったばかりの写真を見つめているのだ。
「渡辺さんと、写真、撮れた」
「ごめんね。どうにか編集して俺消えるから」
「このままでいいよ。君が居なかったら、こうはならなかった」
「……死ぬのも無し?」
「それは分からない。この先何があるか分からないじゃん」
「それはそうだけど」
「でも、しばらくは大丈夫だ」
神原君は、ガラケーを大事そうに胸に抱いて、穏やかで柔らかい笑顔を見せた。
「その気持ち、忘れないでね」
俺もようやく、緊張から解き放たれた。
――数年後。
「ぎゃあああああ!!悪魔か君は!忘れてくれ!」
「いやー。なかなか忘れられないよ、あんな出来事」
ひょんなことから出てきた古い画像データを神原に見せつける。神原が顔を真っ赤にして頭を抱える。人の黒歴史をつつくのは、腹の底がふわふわして、面白い。つつかれた方は羞恥に狂いそうだが。
これくらいの仕返しをしても、罰は当たらないだろう。俺は今でも、ガソリンの匂いを嗅ぐ度に、マッチの火に照らされた神原の顔がちらつくのだ。
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