71人が本棚に入れています
本棚に追加
「わしは弟さんから貰った鉛筆が嬉しくてたまらなかった。当時は鉛筆も貴重なもので、小指より短くなっても紙を巻きどうにか使っていたんでな。そこでわしはその鉛筆で雀の絵を描いて届けに行ったんじゃ。お礼と言うにはささやかだが、子どもにできるのはそれくらいじゃった。しかしお二人になかなか会うことができず、ようやく手渡せたのはもう雪が薄っすら積もった12月の半ばでのぉ。お姉さんはとても喜んでくれたが、弟さんは既に出発された後じゃった。」
「出発?」
首を捻った俺に親父が小声で「軍に入ったんだよ。」と説明してくれた。
耳が遠いおじいさんは俺達のやり取りに気づかぬまま続けた。
「絵は弟さんに送ってくれると言っていた。寂しそうなお姉さんのことが気になって、わしは時々、様子を見にいった。お姉さんは弟さんからの手紙を見せてくれたり、わしが書いた手紙を一緒に送ってくれたりした。弟さんからお礼の手紙が来た時は嬉しかったのぉ。」
「返事が来たんですか。」
「ああ、とても丁寧な手紙じゃった。1年以上、そんなお付き合いが続いたんじゃが、ある日、雪の重さに耐え兼ねて小屋が潰れてしまっての。幸いお姉さんは無事で、新しい住処が見つかるまで、少し離れた大家さんの家に身を寄せていると聞いた。郵便物がご近所の親しい方の家に届くようになっていたので時々はそちらに来ていたようだが、都合が合わずそれきり会うことはできなかった。そのご近所の方から弟さんが戦死されたと聞いたのは、随分後のことじゃった。悲しくて、わしも泣いた。お姉さんがさぞ気落ちされているだろうと思うと、もう気の毒で・・・。」
おじいさんは声を詰まらせた。
最初のコメントを投稿しよう!