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 雪の日のことだった。ぼくは小学二年生だった。  なかなかおねしょの癖が抜けず、母はあれこれと手を尽くして治そうとしていた。  文字通りお灸を据えられたこともある。おねしょの治療にお灸というのが、どの程度一般的なのかは今でも知らない。初めは陶器の入れ物の中でもぐさを燃やしてお腹を暖めるだけだったので子供でもどうということはなかった。  それで安心していたら、本式の肌にもぐさを持って火をつけるお灸をすえられて、熱くてずいぶん泣いたのを覚えている。  覚えているのはもうひとつ、その鍼灸師の家というのがどこにあったのか、トイレが和式、というのみならず汲み取り式だったことだ。  板でできた蓋をとると、真っ暗な穴から立ち上ったアンモニア臭がつんと鼻だけでなく目にも染みた。  生まれた時から水洗式に慣れていた自分は、見たこともない黒黒とした穴と異臭にびっくりして、出るものも出なくなったような覚えがあるが、母によるとそんなことはないという。  とはいえ、お灸が効いたのかどうかわからないが、いつのまにかおねしょの癖は抜けていった。  それが雪の日のことだった。  学校帰りの道で滑って転び、お尻をびしょびしょにして帰ったところ、どういうわけか母がすごい剣幕でまたお漏らししてと怒ったのだった。  当然、お漏らしではなく雪の上に尻もちをついたから濡れたのだと強弁したが、聞く耳持たなかった。  今にして思うと、お灸の効果が出てきてお漏らししないようになったと思った矢先にお尻びしょびしょにした帰ってきたからカッとしたのかもしれないが、理不尽な責められ方をしたことは今も忘れない。
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