崔の獣

7/45
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
 崔家は、代々この国、耀の太常を努める血族である。太常とは、祭祀(さいし)(びょう)の管理を司る高官の事で、元来世襲(せしゅう)される位ではないが、崔の祖が初めて太常として史書に名を残して以来、耀における太常とは、(すなわ)ち崔家の当主を差す言葉になっている。祭祀は、力を持たない者の手によって行われれば形式だけの物になるが、力を持つ者の手で行う事で、意味を成す。彼の者の祈りは風雨を呼び、太古の賢人の声を(よみがえ)らせる。力を持つ者を生み出す唯一の血を持つ崔家は、国に繁栄をもたらす崇高(すうこう)な存在として、太常と言う高位を(つい)の住み処に定めていた。  今代、太常の名を(かん)するのは、七代目当主の崔晏(さいあん)。その弟にあたるのが、中郎将を司る、崔玄だった。 「そろそろ始めてはどうか」  帝の声に、崔玄と張審は(ひざまず)いて拱手(きょうしゅ)する。立ち上がると兵の方へ振り返り、互いに視線を一度だけ交わし、口を開く。  号令を受けた兵は、持たされた戟に見立てた棒を構え、打ち合いを始める。兵はよく訓練されており、動きに怠惰(たいだ)な様子は見られない。大使は目を細め眺め、口では褒めそやしながら、  ――芝居の様である。  と、思っていた。整った動きの兵達の前で、張審と崔玄という二人の眉目の良い将を舞わせれば、良い見世物(みせもの)になるとさえ思った。 「耀は、長らく戦火から遠い所にありましたが、兵の質は我が国よりも優れていると感じます」 「滅相もない。我が国の兵や将は、戦というものの経験がない。もし鳶国の兵と手合せすれば、たちまち地にひれ伏す事でしょう」     
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!