崔の獣

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崔の獣

第1話を編集 崔の獣1話目 第1話  萩(はぎ)晩秋(ばんしゅう)の風に()れ、乾いた音を立てていた。国一番の槍の名手と言われる張審(ちょうしん)は、その(きた)え抜かれた(たくま)しい腕で槍を振るう。槍は音をたてて(しな)り、背の高い草々を散らした。  その様子を、一人の男が見ていた。男は木々の後ろに身を隠し、声を掛ける事もせず、ただ静かに、眺めていた。張審の整った眉目(びもく)の間を、一筋の汗が伝う。  ――なんと、煌々(こうこう)とした姿だろうか。(いにしえ)に伝わるどの名人(めいじん)でも、ああは槍を振るえまい。  男は張審の姿から目を離す事ができなかった。国中どこを探しても、こう清廉(せいれん)な者はいるまいと、息は弾み、(ほほ)は熱く燃えた。  その夜以来、男は張審の鍛錬(たんれん)の様子を密やかに眺めるようになる。胸中(きょうちゅう)を駆ける(たか)ぶりが、よもや慕情(ぼじょう)であるとは、その時分(とき)、知る(よし)もなかった。     
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