崔の獣

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 背を向けたままの太常がそういうと、官吏は軽く頭を下げ部屋を出る。官吏が部屋からいなくなると、太常は(ようや)く、文机(ふみづくえ)から中郎将の方に体を向けた。 「(げん)、大使の様子はどうだ」 「先日太常が催されました宴で、少し話し振りから(とげ)が無くなった様に感じます」 「分かりやすくて結構な事だ。大国の男も小国の男も。酒色を好む者は同じ顔つきをしている。このまま宴を重ねれば、いずれ真意の(はし)が漏れるだろう。それにしても、厄介な事になった。何故、これまで見えてさえいなかった小国を欲するのか……」  太常は、物憂(ものう)げな表情で窓の外を見やる。  耀(よう)、と言う国があった。大陸の端に位置し、鬱蒼(うっそう)とした林地と険しい峡谷(きょうこく)によって造られた、生来の要塞の内に築かれた小国である。小国と雖も、この天然の要塞(ようさい)の恩恵から、大陸が戦乱に飲まれようと、大きな諍い《いさかい》に巻き込まれる事なく、細々と堅実に悠久を紡いできた国だった。     
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