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「せっかく作ったから食べないか?」
昼近くになってから、ルカがそう言ってシオンの手を引いた。着替えを終え、寝室を出た先でシオンが見たものは、テーブルの上で微かに湯気を立てる分厚いパンケーキだった。
「ルカさんが、パンケーキ…」
「悪いか。」
シオンがよほど変な顔をしていたのか、まゆを潜めるルカ。本当はただ微笑ましかっただけなのだが、シオンは貴重な姿を見られて得をした気分になった。
前にシオンが作ったパンケーキを真似てみたのだとルカは言った。ふかふかのパンケーキはよく火が通って優しい歯触り。元々要領が良いのだろう、ちゃんと美味しく仕上がっていた。悔しかったので自分の一切れにたっぷりシロップを染み込ませて、ルカの口に押し込んでやった。ルカが慌てるのを見て思い切り笑うと、仕返しに鼻にクリームをつけられた。
「こんなに笑ったのは久しぶりだ」
食器を片付けながら、ルカはそう呟いた。呆然としたような、あるいは微笑ましく思うような口調だった。その姿が昨日までと違うように見えたのは、きっと恋人になったことが原因だろう。シオンもそうだね、と相槌をうちながらコーヒーをいれた。
二人で再びテーブルについた時、ルカがコーヒーを啜りつつまた口を開いた。
「今日、出掛けないか?」
「どこに?珍しいね」
「お前とは買い物に出るくらいしか外出してなかったからな。」
観光地を見に行ってもいい。近くの劇場へ観劇に行ってもいい。ジェラートを食べに行ってもいいし、もっと遠くへ足を伸ばしてもいい。指を折りながらルカは一つずつ挙げていく。あんまりぽんぽんと出てくるものだから、シオンは面食らってしまった。
「一緒ならどこへでも行くよ。時間はいくらでもあるんだし。 」
そう言うと、ルカは少し驚いたようだった。残りのコーヒーをカップの中で揺らしながら、独りごちるように言う。
「すまない。少し不安なんだ。こういうことをしたことがないから、終わりが早く来てしまうような気がしてな。」
「どうして?」
「それは俺が、人殺しだからだ。」
ルカはかたん、とカップを置く。
「命令で見ず知らずの人間の人生をいくつも潰した。その周囲の人にまで呪いのような深い傷を残した。その経験のおかげで分かるんだ、どれだけ呆気なく全てが潰えるのか。」
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