出会い 失った記憶

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 和也は開運堂での立ち話しで疲れた足を休めに純喫茶新世界へ向かった。古本街の外れにあるこの店はアナログレコードと真空管アンプによる良質なクラシック音楽を聴くことができる喫茶店だ。  店内は大理石の柱や美しいシャンデリアに彩られ贅沢で重厚な空間が広がっている。古い雑居ビルのロビーから地階へと続く狭い階段を降りてゆき、入り口の前に着くと音をなるだけたてないようにゆっくりと扉を開けて中へ入った。  そこは音楽が支配する沈黙の空間である。  和也は足音に気を遣いながら白いレースのカバーが掛かっている真っ赤なソファに腰を降ろしてネルドリップの珈琲を注文した。  珈琲が来るまで本は読まずに暫し音楽に身を委ねよう。持ってきた文庫本に開運堂で貰った栞を挟んでテーブルの上に置き静かに目を閉じて音楽を聴いていた。  時間にして数分後であっただろうか。真空管アンプの分厚い音に消されてしまいそうなか細い声が聞こえた。
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