理を余す哥

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歩け。 脚は言うことを聞かず、どうしてもふらふらな足取りになってしまう。 声は枯れていて、なのに何か声を掛けろと心が叫んでいた。だけれども、カヨリのことを思うと声が出ず、何を言っていいのかも分からず、一度唾を飲んで。 「その歌......今も忘れない」 そう呟いた。 「......鯉染?」 背中の向こうからカヨリの声がした。 リゼンはそれで歩けなくなった。 滝のように涙がこぼれた。 「鯉染だよね? こっち向きな?」 「......無理だ」 「なんで?」 「涙が止まらない」 「いいよう」 リゼンは唇を結んで振り返った。 カヨリは白い礼装に身を包んで花嫁のように美しかった。切長の目がどこか熱っぽく潤んでおり、そこから銀色の涙が白い頬をつるりと滴った。 「鯉染。馬鹿。どこにも行くな! もうどこにも私を置いて行くな!」 リゼンは困った。 髪を掻いて、夜空を見上げ、それから溜息をついて、笑って見せた。 「だったら一緒に行くか? どうせ間楽の村には戻れないだろ?」 カヨリが涙を伝わせたまま笑った。 「さっさとそう言え! 馬鹿!」 「馬鹿って言い過ぎ」 「知らない」 カヨリは言ってリゼンに抱きついた。 リゼンは驚いたまま彼女を抱きしめた。 「好きだ......鯉染」 カヨリは耳元で囁いた。 リゼンはそして頷いた。 彼の中にはカヨリの鼻歌がある。名前も知らない歌だ。それでも彼は他の何を忘れても、それだけは今も忘れない。多分死ぬその瞬間まで忘れないんだと思う。
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