理を余す哥

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リゼンは山鴉の物の怪であった。 間楽という物の怪の村に暮らしていた。 間楽は山間の小さな村で、合掌造の家が幾許ある。水田に夕陽が写る時間になると、山に囲まれてあるから、夕餉の香りが村を覆ってくれる良い場所であった。 江戸期まで人と暮らしていた物の怪は人間の発展に伴って衰退し、姿も人と変わらない程になってしまったから、現代ではこうして物の怪の国を造り、物の怪だけの村を編んで密かに暮らしてある。 さてリゼンは夕方になると父親の目を盗んで、こっそり家の勝手口から抜けて、裏の柵を越え、森の方へと歩いていく。 よく湿った土を踏み、苔の乗った倒木を越えて、しばらく行くと熊の寝床のような土の穴がある。着物の裾をめくると、リゼンはその中へ入っていく。 まもなく彼が穴から出てくると、その手には古びた抜身の刀が一つ握られてある。穴の中には物の怪の遺骸が一つあってその横に刀が置いてあるのをリゼンは知っていたのである。 「重たい......」 着物の土を払って、夕陽に刀をかざしてみてからリゼンは呟いた。 村にいてもすることのない退屈な彼の楽しみは、子供ながら、一人で誰にも知られずに刀を振る事であった。 手に染み渡り、肩にのしかかるような刀の重みをぶん。ぶん。ぶん。と振る。 そうしていると、この刀が物の怪の命をいくつも奪ってきたのだろうというどうしようもなく切ない気持ちになる。
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