理を余す哥

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よく刃毀れした刀であった。柄元の鮫皮は剥がれ、巻かれた絹は擦れて切れてあったり、黒ずんであったりする。 それでまた何も考えずに刀を振る。 「なにしてんの?」 その声にリゼンはびくりと肩を震わせて、刀を背後に隠しながら振り返って、あぁと力を抜いた。 「お前か」 苔の蒸した岩の上にカヨリが座ってこちらを見ていた。カヨリも山鴉の物の怪であり、彼女はリゼンの幼馴染である。 「なにしてるのさ」 「見りゃ分かるだろ? 鍛えてんの!」 リゼンはそう言ってまた刀を振った。カヨリは「ふうん」とつまらなさそうに言葉を返した。 リゼンはカヨリの方をちらりと見た。 濡れたように黒い髪を一つに結って、うなじが綺麗で、紺色の着物の裾から伸びる足も夕陽の中に白く、リゼンは病気なんじゃないのかとよく心配になる。 「お前よく俺の場所が分かったな」 「ついてきたの」 「なんだよ」 「山に入っちゃだめなんだよ?」 「おい、父上には言うなよ?」 リゼンが刀を振る手を止めると、カヨリはつまらなさそうに口を尖らせた。 村の方から鈴の音と太鼓の音が混ざり合って耳に届く。 「今日、お祭りだよ?」 「わかってるよ」 リゼンはまた一度刀を振った。 夕闇に向こうの木々が黒い影のようになって溶けていくのが見えた。 「一緒に行こうよ? 五年に一度よ?」 「あぁ、もう、うるさいな」 「リゼン......行こうよ」 リゼンは困ったようにカヨリを見た。カヨリも困ったような泣きそうな顔をしていてリゼンは溜息をついた。 「わかったよ」 彼等が村に戻る頃には日は沈んでいて、海の中のような宵闇の中を提灯が家と家とを連なり明るくなっていた。
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