理を余す哥

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「カヨリは親みたいだ」 「あんたが子供っぽいだけよう」 カヨリはそう言って鍋の具に刻んだ人参をかけてから口に運んだ。 夕飯を食べ終わるとカヨリは食器を洗いに行く。リゼンが手伝おうとしてもカヨリは「食器割られたら面倒だし、一人でやるから」と言って聞かない。 リゼンはそれで帳台に戻って、野良の書物を読む。野良というのは理性を失った物の怪のことである。彼等は人間も物の怪も区別なく襲って食うらしい。 だからきっとこの村の祭りに出てくると化物も野良だろうと思っている。 土間でカヨリが食器を洗う音がした。 鼻歌が聞こえる。 何の歌かはわからなくとも落ち着く。 リゼンは彼女の鼻歌に耳を聴きながら立ち上がり、寝間に灯りをつけた。部屋がほんのりと明るくなる。障子の向こうは真黒な夜の闇が墨のように満ちていた。 リゼンは布団を敷きながらカヨリに「帰らなくていいのか?」と訊いた。すると鼻歌が止んで「帰った方がいい?」とカヨリの声がした。 「もう少しだけいて」 リゼンはそう言った。 帳台に戻ってまた書物を読んでいると、食器洗いの音が止まって、まもなく背中にカヨリが擦り寄った。 「何読んでんのさ」 「勉強をしてる」 「へぇ」 カヨリはリゼンの背中にもたれかかったままそう言った。熱が籠っていた。 外で夏虫が鳴いていた。 やがてあの鼻歌が背中の向こうから聞こえて来た。リゼンはついに文字を読むのをやめて、じっと耳を傾けていた。 心地のいい歌であった。 カヨリの鈴のような声が眠たそうに静かにリゼンの中に溶けていく。 「あんた村を出るんだってね」 鼻歌が終わってカヨリが呟いた。 「ごめんね。私は行けないんだ。お父さんもお母さんもいるから」 「わかってる」 リゼンは書物を閉じて、カヨリの膝に横になった。
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