理を余す哥

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すると花嫁の声に反応したのか、野良はリゼンから口を離して、彼の肩を掴んだまま、ぐるりと首をそちらに向けた。 そのときリゼンは音もなく刀を抜いて、両腕の力でぐしゃりと野良の首に刃を突き立てた。うぐぅと野良が息を漏らす。 そのままリゼンは破れた柄元を握り、背中から引き抜くよう野良の首を裂いた。 ぼとりと重たい首が落ちて、大きな野良の身体が倒れ、壁が震えた。 家の者達は唖然としたままであった。 リゼンは刀の血を拭って、鞘に納める。 「お代は......」 部屋の暗がりから家主の声がした。 「いらない」 そう言ってリゼンは家を出た。 辺りは畑で、水面に月の明かりが良く写っていた。向こうの山影が暗く、森が薄墨のように広がっていた。 首が痛い。 生暖かい血がぬめっていた。 リゼンはふらふらと畦道を歩きながら、近くに地蔵が一つあって、疲れたからその横に腰を下ろした。 夜空を見上げると虚しくなった。 野良負いになる前の記憶は掠れて、思い出せることはあまりなかった。しかし時々、不意に気が付けば、名も知らない鼻歌を口ずさんでいる。リゼんはそういう時に限って涙を流すのであった。 胸が苦しくなって、嗚咽が始まって、誰かに抱き締められたくなって、それでも鼻歌を歌い続ける。 その夜一晩、リゼンは泣き続けた。 ※ 道に迷った。 リゼンは困った顔で仰いだ。 山中である。 木々が黒い影となって夜空は重る木の葉に隠されて見えない。ここがどこかも分からない。 辺りを見渡すと、向こうの方に灯りが見えた。リゼンは疲れた足でとぼとぼとそちらへまた歩き出した。 果たしてその灯りは松明であった。
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