貴方は僕の高嶺の花

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光介はふだんは人の心の機微に聡いくせに、こんな時ばかり憎らしいほど鈍い。 いっそ、光介が自分に向けられているのが尊敬だけじゃなくて、恋慕も含まれていると気付いてくれたらいいのに。そう思う。 「ほらみろ。竜也はおまえと違って文句なんて言わねーよ。かわいい後輩だもんな」 「かわいい後輩ねぇ」 雄一が竜也に意味ありげな視線を向ける。 雄一も光介と同じように人の感情の変化をよく汲み取る。 ただ雄一は光介と違って、恋愛にも敏感なようだ。 多分だけれど、竜也の淡い恋心は彼に気付かれている。 雄一がにやりと唇の端を吊り上げる。 「なあ、光介。オレも一緒にメシ食いにいっていい?」 「んあ?ああ、べつにい……」 「すみません、今日は遠慮して下さい」 うっかりと零れた言葉に、竜也は自分で驚いた。 顔はいつもと変わらない無表情を保てたが、声が思ったより鋭くなった。 「どうしたんだよ竜也。もしかして、雄一のこと苦手なのか?」 「あ、いえ。そんなんじゃないです。すみません」 「ふぅん、じゃあなんで遠慮して欲しいんだよ?」 いつもの明るい笑顔を顰め、奸智な顔で雄一が尋ねる。 間をあけたら怪しまれる。竜也は口から出まかせを言う。 「じつは、ちょっと水月先輩に相談したいことがあって」 「相談ねぇ」 値踏みするような黒い瞳を、竜也はじっと見返した。 口元は笑っているけれど、威圧感のある目だった。 目を逸らしたら負けだという気がして、竜也は彼の瞳を見詰め続けた。 黒い瞳がスッと細められる。 「まあ、ジャマすんのは野暮だな」 明るい声で言うと、雄一は何故か校舎に向かって歩き出した。 光介が眉を顰めて小首を傾げる。 「あれ、帰らねーの?」 「忘れもんしたからとってくるわ。じゃあな、光介、竜也」 軽やかな足取りで雄一が竜也の横を通り過ぎる。 刹那、竜也の耳元で雄一がいつもより低く小さな声で呟いた。 「がんばったから今日は譲ってやるよ。でも、簡単には渡せないぜ」 夏の風の悪戯だったかと思うような、幽かな声だった。 すぐ隣りにいた光介には聞こえていないようだった。 しかし、竜也の耳の奥には彼の言葉がはっきりと響いていた。
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