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「はよーっす、光介っ!」
快活な声で光介に近付いてきた男が、抱きつくように光介と肩を組む。
黒髪を細いヘアバンドで後ろに流した彼は矢島雄一。
陸上部のホープで光介の幼なじみだ。
「重いっての、ばか。しかも暑ぃし」
「そういうなよ」
光介が毛を逆立てる猫のように怒っても、雄一は動じずに光介の肩を抱いている。
羨ましい。あんなふうに気安く光介に触れてみたい。
竜也はさりげなく嫉妬の滲んだ瞳で、二人を見詰める。
視線に気付いたのか、雄一が顔を上げた。愛想よく雄一が手を上げる。
「イケメンくん。はよっす」
「おはようございます、矢島先輩」
「朝から鬼のような先輩にイビられてたのか。かわいそうにな」
切れ長で黒目がちな瞳を細めてへらりと笑う雄一に、光介が蹴りを入れる。
「人聞きワリーんだよ。おれは後輩をいびったりしねーよ」
「そう思ってんのは自分だけかもしんねぇぜ。オマエ、キツい性格だし。なあ、竜也」
同意を求められた。ここはノリよく「そうなんですよ」と答えるところなのだろう。
しかし、ノリでも光介を嫌な先輩扱いはしたくない。
「いえ、水月先輩は優しいです。はっきり物を言うとこ、嫌いじゃないですし」
正直にそう答えた。雄一はそれに対して嫌な顔をしたりしない。
彼も光介と同じように、気のいい先輩だ。
「そっか。こいつ、イケメンには甘いからな」
ケラケラ笑いながらそう言った雄一を、光介がじろりと睨む。
光介は気安く愛想のいい人だが、仲が良い相手にはキツイ面もある。
鋭い眼差しもまた素敵だと思うあたり、もはや手遅れの重症だと竜也は感じた。
「おれは可愛くて優秀な後輩には甘いんだよ。竜也、射手の素質あるぜ」
やぶからぼうに褒められ、思わず舞い上がる。
才能の塊のような人に褒められるのは嬉しい。それが好きな人なら尚更だ。
「ありがとうございます」
思わず照れた表情を浮かべると、くしゃりと頭を撫でられた。
それを見ていた雄一の黒曜石の瞳に、敵意のようなものが揺らぐ。
陽気そうな普段の態度が嘘のような、蛇のように冷たい瞳に竜也はぎくりとした。
雄一の大きな手が、癖毛なやわらかい光介の髪をくしゃりと撫でた。
「なにすんだよ、雄一」
「いやー、後輩を素直に褒めてやる光介を褒めてる」
「はあ、なにわけわかんないこと言ってんだ、バカ」
雄一の手を振り払いながらも、光介の顔は笑っていた。
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