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歌が聞こえる。
彼女の歌が。
懐かしい、大切な歌声。
山の中で二人で遊んでいた。急斜面のすぐ横。湧き水の流れるそこが、私たち二人の秘密の遊び場だった。
湿った土の上に座り込んで、穴から出てくる蟻をひたすら眺める。
「そのうた、なあに?」
さっきまで枝で木の根っこを掘り返していたお姉ちゃんが、いつの間にか近くに来ていた。訊かれて、自分が歌っていたことに気づく。
特別な歌。
大切な歌。
だから、誰にも秘密だった。でも、お姉ちゃんだけは別。
「わたしのだいすきなうた。むかしね、おかあさんがうたってくれたの」
「おかあさんが?」
ビックリしているお姉ちゃんは、きっと勘違いをしている。
「いまのおかあさんじゃなくて、ずっとずっとむかしのおかあさん。おねえちゃんも、いまのおかあさんもまだいないくらいずっとむかしの」
「そんなにむかしなの?」
「うん。いつもね、うたってくれたの」
夜の寝る前。手仕事をしながら。楽しい時も悲しい時も、いつもこの歌を歌っていた。
「いいなぁ」
「じゃあ、こんどはわたしがうたってあげる」
「いいの?ありがとう。じゃあ、わたしも。そのおかあさんは、もういないんでしょ?わたしがかわりにうたってあげる」
「ほんとう?」
「うん。やくそく」
「やくそく、ね」
皆みんな大嫌い。
でも、彼女だけは特別だった。
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