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小さく、そっと歌う。ここにはいない彼女のために。
校舎の裏手、いつも二人でお弁当を食べている場所。今日は一人きり。昼を食べ終えても教室には戻らず、彼女のことを思いながら時を過ごしていた。予鈴がなるまで、ここにいるつもりだ。
「あ、やっぱりいた」
口を閉じる。
見知らぬ男子生徒がいた。
「佐々原が休みだから、もしかしたら一人でいるかも、とは思ったけど」
まさか本当にいるとはと、その人は嫌な感じの笑みを浮かべた。
「オレさぁ、こないだ佐々原にフラれたんだよ。精神的苦痛を味わったんで、お前、妹なら代わりに責任とれよ」
何を、言っているのだろう。
ぼんやりと考える内に、押し倒された。
「………え?」
「妹の方は本当にどんくさいんだな。双子なのに全然似てねぇし。でもま、代わりにはなるか。お前とヤったつったら、あいつどんな顔するかね」
そうか。この人はみぃちゃんに嫌がらせをしたいのか。
どろどろとしたものが湧き上がる。
「何してるんだっ!」
「げっ」
突如響いた大声。
血相を変えた男子生徒が駆け寄ってきた。上から重さが消える。脱兎のごとく、逃げ去っていた。
「大丈夫?」
倒れたまま見上げていると、その人はますます心配そうな表情になった。迷うそぶりの後、腕を引かれて起こされる。
「大丈夫?」
重ねて問われて、一つ頷く。
「保健室と職員室、どっち先に行く?」
意味がよくわからない。考えて、それから首を横に振った。
「でも」
「結局、何もなかった。みぃちゃんの耳に入ったら困る」
そんなことになったら、みぃちゃんが悲しむ。さっきの人の思惑通りじゃないか。
「みぃちゃんって………そうか。君があの双子の片割れか」
困った顔をした後、脱力したように座り込んだ。
「………どうしても、行かない?」
「どうしても」
「そっかぁ」
いつまで、腕を掴まれたままでいればいいんだろう。
「………助けてくれて、ありがとうございました」
「いいえ。無事で何よりです」
深々と頭を下げると、微笑みで返された。人を安心させるような、優しい眼差し。
「一つ、訊いていい?」
「はい」
「さっきの歌、何て歌?歌声に引き寄せられてきたら、あんなことになってて」
「あの歌は」
声が固くなる。
「大切な歌なので、盗み聞きはやめてください」
「怒られた。そのおかげで助けられたのに」
「それとこれとは話が別です」
「そっか。別かぁ」
しみじみと呟いて、その人はおかしそうに笑った。
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