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思い出レストラン1
料理というのは美味しければ美味しいほど人を幸せにする、という訳でもないらしい。
* * *
「いらっしゃい!
ってああ、葬儀屋か。」
シャッターが閉まっている店の多い商店街のはじっこにある小さな飲食店「定食屋 はるた」の店主春田 清和がカウンター越しに客に声をかけた後すぐに、客に話しかけるにはいささか砕けた口調になる。
葬儀屋と呼ばれた男は気にした様子も無く、カウンター席に座ると「日替わり一つ。」それだけ言う。
葬儀屋。男の職業だ。
今は喪服こそ着ていないが、真っ白な顔に細めの目元それからマッシュルームカットではあるものの真っ黒の髪の毛はお話の中の葬儀屋のイメージそのものだ。
実際はどちらかというと優し気な人間の多い業界の中でも異質な存在の様に思える。
一方、春田は何が描いてあるのかごちゃごちゃとした柄シャツに金髪。一見チンピラの様だ。
これで、一年前までは、有名ホテルで料理を作っていたというのだから人は見た目では判断できないという典型だ。
「はい、お待ちどうさん。」
出されたお盆に乗せられているのは白いご飯とわかめの味噌汁、それからキャベツとコロッケだ。
葬儀屋は指の長い綺麗な手を合わせて小さく「いただきます。」と言った。
箸で割ったコロッケからは湯気が出て、ジャガイモと玉ねぎの甘いいい香りがしている。
一口、二口、葬儀屋が食事を口に運ぶ。
「美味いか?」
手ぬぐいで手を拭きながら調理場から春田が出て来た。
二時を回った定食屋に他の客の姿はない。
「別に普通に美味いよ。」
神経質に近く見られる見た目と裏腹にまるで家族に言う様な口調で葬儀屋が言う。
「普通って何だよ普通って。」
「そもそも、味覚音痴の俺に聞くなよ。」
溜息交じりで春田は葬儀屋に言うが、まるで他人事の様に受け流されてしまう。
「そんなに最高の料理が作りたいもんかねえ。」
キャベツを口に放り込みながら葬儀屋が言った。
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