手ぐし

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手ぐし

 小学5年から6年までのあいだ、同じ班に住む、ひとつ下の女の子と毎日のようにふたりきりで遊んだ。  その子の家の駐車場で、ままごとをしたり、近くの川辺で蛙を見つけてはその姿を追いかけていた。  だがどんなに仲がよくても、その皮膚に触らせてくれたことはほとんどない。  ゴミの廃棄場をアスレチック代わりにして遊ぶとき、下にいるその子に手を伸ばしても、手をつないでくれる日はあまりない。  6年生のとき、その子は自分の母親の化粧棚のまえに座っていた。  腰まで伸びた髪が、今でも忘れられない。  子どもながら、たぎるものがあった。縮れ毛ひとつないそのなかに指を入れ、いちどだけ手ぐしでなぞった。  拒まれることはなかった。  そのとき、なにを話したのかはもう思いだせないが、そのしとやかな後ろ姿と、艶やかな髪は、今でも忘れられない。  時が経ち――その子が結婚したことを知った。  そんなに好きだったなら、なぜもっと大切にしなかったのだろう。  どんなに長い時間をともに過ごしても、結ばれない恋もある。  そんな言い訳ばかりして、自分を納得させた。  だが最近、思うことがある。  だれしも、忘れられない、淡い思い出というものがひとつはあるはずである。  わたしにとっては、その子がそうである。  振り返ってみると、好きになった子はたくさんいたが、思い出にいるのはその子だけだった。  だから思い出として大切にする。  今もこれからも、わたしのお姫様だ。
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