「先輩」

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「はい。ウーロン茶にビールに、ジントニックに梅酒ですね。ウーロン茶の方、ホットとアイスとがありますがーー」 先輩への疑いが濃厚になったのがここのカラオケでのバイト中のできごと。 注文のアルコール類を運んだときだった。酔っ払った酒息の臭い中年のオヤジ達にからまれたんだ。 「おっ! 君めちゃくちゃかわいいね! グラビアでもやってるの?」 一同爆笑。私引く。 「ねぇ、名前なんて言うの? 次から注文、君だけにお願いしたいんだけど、おじさんたちがサービスしてあげる。あっ、一緒に歌おうよ! 最近の流行りも知ってるんだよ」 一同爆笑。私ひきつる。 それでも仕事だからと我慢して愛想笑い浮かべながらその場を去ろうとしたのに、最悪なことに話しかけてきたオヤジが廊下にまで出てきて私の腕を引っ張ったんだ。 「やめろ!」 そこに現れたのが先輩。その顔を見た瞬間。助けてくれてありがとうよりも先にストーカーの5文字が頭に浮かんだ。 そして、極めつけは私がお母さんに進められたこともあって前から入ろうと決めていた弓道部に、先輩がいたことだ。先に弓道部に入ったのは先輩だっていうことはわかる。だけど、もうその顔を見たときに「うわ、気持ち悪い」と思ってしまったのだから、もうどうしようもなかった。 心を無にして客観的に見ると、先輩は決して気持ち悪いと思われるような外見をしているわけではなくて、短く整えられた黒のベリーショートに目鼻のバランスが整った精巧な顔立ちに背も高かった。弓を引くがっしりとしつつ細長いしなやかな手は特にポイントが高いようで、その姿は絵から切り抜いたのではないかと思うほど様になっていて、弓道部の女子を含め全校の女子の憧れの的でもあった。 だけど、そんな先輩がことあるごとに今日みたいに私をかばってきたり、指導してきたり、話しかけてきたりするものだから、目立ちたくもないのに私まで目立ってしまって、恋人と思われるなど屈辱的な扱いを受けている。それを私が拒否しているのを知っていてもなお関わってこようとするんだから、嫌い度、気持ち悪い度が増すばかりだった。幸い、先輩の人柄からからか妬んだりされることがないのは救いだけど。 「ただいまー」 家に帰ってすぐに黄色の皮張りにダイブする。大きく息をはいて仰向けになって柱時計を見ると、もう10時過ぎを指していた。 「今日もお疲れ様」
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