「先輩」

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お母さんが鮭と梅のおにぎりと漬物、そして温かい味噌汁を乗せたお盆を持ちながら、キッチンから出てきた。その笑顔を見てやっと今日一日が終わった気がする。 軽めの夜食を食べながらさっそく今日の出来事やグチを話す。先輩に関する部分は除いて。先輩への嫌悪感が強まるのは、ここで話せないからかもしれない。先輩がただの先輩なら、なんの気兼ねもなく口にすることができるのに。 なんで先輩は関わってくるの? どうして私を苦しませるの?って。 「それで、そのチャラ男は弓道部の先輩に殴られたの? 自業自得とはいえちょっとかわいそうね」 「いやいや! 一番の被害者は私でしょ? 勝手に写真撮られるなんてさ、もう絶対にいや!」 「でも、もう撮られ慣れているところもあるんじゃない? 一実どこに行っても声かけられたり写真撮られたりしてるじゃない」 「だからそれがいやなの! 男ってどうしてみんなああなの!? 別にあんたに気に入られたくてこの顔でいるわけじゃないんだけど!」 手に取った梅のおにぎりがなかなか口の中へ入っていかない。 「……ごめん、なんか食欲ない。もう、寝るね」 お母さんが心配そうな顔で私の目をのぞき込んできた。 「大丈夫?」 「うん。ゆっくり寝ればよくなるよ」 ********** 昨日はそう思ったんだけど、朝、目が覚めると切り込むような頭の痛みと起き上がれないほどのだるさが体を襲った。完全に風邪だ。そして、絶対に先輩のせいだった。 枕元に置いたピンク色の携帯を手に取り、高校へ休む旨を伝えたあと、つづけてお母さんを呼び出すと、1分経たないうちにドアが勢いよく開けられた。 一目で状況がわかったのか、すぐに冷たいタオルと熱はかりを持ってきてくれたお母さん。熱をはかっている間に、ドアの先から冷蔵庫を開けて、何かを切る音が聞こえる。 ああ、これは部活もバイトも休むしかない。大会前だっていうのに。バイトも給料が減っちゃうじゃないか。 ピピピッと音が鳴り、恐る恐る数字を見ると〈38度7分〉。もうダメだ。 ぼーとした頭のまま、部活のグループチャットとバイトのグループチャットを開き、休むことを伝えた。それぞれに了解の返事が来たのを確認したところで、目を閉じる。冷たいタオルの感触が気持ち良かった。
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