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ーー手をつないでいた。ぎゅっと握り締められた両手は絶対に離されないとわかっていて、高い空目掛けて大きく跳び上がった。とたんに片方の手が外れて体のバランスを崩し、地面に落ちて行く。叩きつけられる寸前。誰かの手が体を支えたーー
お父さん?
「大丈夫か?」
いや、先輩の顔だ。見回すと白の天井にベッド。そうだ保健室に運ばれて。そのまま眠ってしまったの? 先輩がいたのに?
「無茶すんなよ。熱はそんなに高くないみたいだし、もうじき伊藤さんが迎えに来てくれるって。それじゃあな」
先輩は丸椅子から立ち上がり、すぐに後ろを向いた。その大きな背中がゆっくりと離れていく。
「待って!」
先輩はビクッと体を震わせた。つい呼び止めてしまったけど、何を言ったらいいのかわからない。
「……さ、さっきの勝負。先輩の勝ちでした」
「……それが?」
「えっ、だから」
待って。なんでそんなこと言ったの? そもそもどうして引き止めた? 先輩が去ろうとしてるんだから止めることなんてーーだけど、なんだろう。
「せ、先輩はーー」
「先輩はなんでここまでしてくれるんですか? 嫌われてるのわかっててそれでも私を気にしてくれて私をーー」
「最初は同情だった」
「え?」
「あのことが会ってからすっかり疎遠になってたけど、大丈夫かなって。入学式で一実を見つけたとき、嬉しくなって。でも、バイトを掛け持ちしてるって知って正直申し訳ないって気持ちになったんだ。それで伊藤さんに会いに行って見守っててくださいと言われたから。だけど」
先輩の体が動く。精巧な顔立ちに大きい瞳。
「だけど、途中から変わってしまった。いつでも頑張ってる一実のことが心配で堪らなくなって。気づけば一実のことを目で追っていた。嫌われているのはわかってたけど、少しでも役立てばと思ってたんだが、どうやら思ってた以上に嫌われてたみたいだな」
悲しそうな笑みを見せて、また後ろを向こうとする先輩。
「先輩。さっきの勝負先輩の勝ちだったんですよ」
今度ははっきりとした気持ちで先輩を止めた。
「先輩。私、わかったんです。私が嫌ってたのは、受け付けなかったのは先輩じゃなくて、あいつと同じ三浦の名前だったんだって。私、先輩の姿を一度だってしっかり見ようとしてこなかったんだって」
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