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五月ももう終わるという頃の土曜日。
葵は辰巳邸の居間の応接セットで依頼人と向き合っていた。
「広瀬かすみさん……ですね」
葵の目の前でソファーにちょこんと腰掛けているのは栗色の髪をツインテールに結った少女。
長い睫毛にくりくりとした目が猫のようで愛らしい。
市内の小学校に通う、十二歳の小学生である。
かすみは言う。
「桜の花が見たいの」
「桜って……お花見の時のあの桜、ですよね?」
かすみは呆れ顔を見せた。
「お姉さん、桜が見たいって言ったらそれ以外無いでしょう」
「あ……そうですね。でも一応確認しないといけませんので……」
「他の会社でも聞かれたから知ってるわ」
葵は苦笑いする。
「ご依頼は桜……。見たい理由はなんですか」
「今は夏でしょう。桜はもう散っちゃってるから見られないじゃない」
かすみは年の割に大人びているというか、口が達者のようだ。すでに葵は圧倒されてしまっている。
「普通の……近くの公園に植えられているような桜ですよね」
「そうよ」
「これまで幾つかの事務所に行ってるんですよね? 誰も見せられなかったんですか?」
「そう。みんな、全然ちゃんとやってくれなかったの。本当に幻香師なんて大したことないのね。それどころかちゃんと桜は見せてるって逆ギレまでする人までいたんだから。私が納得する桜じゃ無かったら駄目なんだから。そうじゃないの?」
「……そ、そうですね。そうだと思います。ご依頼者に満足にして頂くのが務めです」
かすみは葵の横にいる怜一を見る。
「ねえ、あなたさっきから黙っているけど何なの。妙に偉そうだけど」
「かすみさん。この人は……」
怜一が怒りをかすみにぶつけては困ると口を挟むが、怜一はもたれていた上半身をゆっくりと起こした。
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