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『――時間です』
聞こえてきたアナウンスに立花葵は顔を上げた。
今し方出来上がったばかりの透明な液体を淹れ、封をした瓶を手に調合室を出た。
その先には学校の教室ほどの広い部屋がある。
窓一つないがらんとした部屋には、四、五十代ほどのスーツ姿の男性が長机に肘を突いて座っている。
彼らが試験官だ。
長机に座る三人の内、真ん中にいる男性へ瓶を渡す。
気難しそうな男性は眼鏡のブリッジを押し上げると、瓶にされた『幻香師庁』と印字された封を剥がし、瓶の蓋を開けた。
そして同じ文字の印字された紙片を液体へ浸す。
葵はその一連の動きを固唾を呑んで見守る。
気合いを入れて結んだはずのポニーテールが息苦しさを加速させる。今すぐほどきたい衝動と必死に闘う。
男性が紙片をそっと鼻先へ寄せる。
次の瞬間、簡素な部屋にさざ波が起こった。
試験官と葵の中間の位置に、何かが浮かび上がる。
最初は淡い輪郭だけだったものに少しずつ色が付き、存在感を持つ。
それは小学校一年生くらいの坊主頭の少年で、布団に飛び乗っている。
そこへ母親が現れ、苦笑しながら少年を抱き上げた。
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