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「それで」  と、かごを抱えたまかない女が言った。 「本当のところ、どうだと思うの。未来を動かす力があったのはカード? あんた? それとも全部あんたの思いすごし?」 「……わかりません」  小さな声で私は答えた。  頼りなくたたずむ私と、両足を踏みしめて立つ女の間を、北風が枯れ葉とともに吹き抜ける。  本当にわからない。誓って言えるが、私は国が破滅することなどこれっぽっちも望んでいなかった。  私が魔女だというのなら、自分が望みもしなかったことに、どうしてあれほどの力をふるえるだろう。  一方、カードに魔力が宿っているというのなら、巻毛の姉妹の占いがことごとくはずれたのはおかしな話だということになる。誰が占おうと同じ結果になるはずだ。  それともカードが選んでいたのか、占い人を。私は選ばれていたのだろうか、カードに。  どんな力があったとしても、行使する者がいなければそれは現実にはならない。巨大な魔力は、媒介する人間がいてこそ、未来に向かって解放されるのだろう。  そもそも占い師という存在自体が、占う道具──水晶玉であれ占星盤であれ──それらの選ばれた媒介者であるのかもしれない。  占いが当たるということは、実は占ったとおりの未来が、占い師を経て現実に置き換わるということではないのか──それとも女の言うように、すべては私のばかげた妄想にすぎないのかもしれない。 「いずれにしても確かなのは」  私は顔を上げ、かみしめるようにゆっくりと言った。 「私が占わなければよかったってことです。少しでも変だと感じたのなら、たとえ王様の命令だってきちんと断るべきでした。それなのに断れなかったのは、処罰を恐れたせいじゃない。ぜいたくな暮らしを手放す勇気が、私になかったせいなんです」  そう、私はカードなしでは何もできない、愚かで無力なただの小娘。あがめられていい気になって、言われるままに占い続けた。  王様や王妃様に声をかけられ、家臣や侍女に持ち上げられて。見目のいい宮廷楽士に軽くちやほやされただけで、自分は何でもできると信じた。  実際のところ、楽士に対して私がした唯一正しい行動は、彼の未来を占わなかったことだけだというのに。 「自分のことを占ってみようとは思わなかったの?」  と女がたずねた。 「たとえば逃げるときだって、安全な道をみつけることくらい、わけなかったんじゃないのかい」 「それがだめだったんです」  私は思わず苦笑した。  あれほど恐ろしいと思ったにもかかわらず、王宮から逃れるときも私はカードを身につけていた。それまで自分を占うことなど何の興味もなかったが、心のどこかで頼りにしていた部分があったらしい。  ところが実際は、何ひとつ役に立ちはしなかったのだ。  西に幸運があるといわれて行けば、そこには追手が待ち構えていた。夜中に出発すればよいといわれて行けば、ひどい嵐に見舞われた。  安全を保障された日に高熱を出したこともある。 「へえ」  私の話を聞いた女は鼻をならした。それから荒れた大きな手を私に向けて差し出した。 「そのカード、見せてごらんよ」 「え?」 「持ってるんだろ。見せてごらん、あたしにも」  欲しいのだろうか。とまどいながら私は答えた。 「もう持っていないんです……すべて破いて川に流してしまいました」 「なんだ」  と女は意外そうに目をみはった。 「ちゃんとできるんじゃないか。持ってるなら、あたしが燃やしてあげようと思ったんだけどね」 「………」 「まあ、自分の未来まで決められちまわなかったのは幸いだったよ。カードの言いなりじゃ面白くも何ともないもの。自分で切り拓いてこそ、生きてる甲斐があるってものさ」  私は彼女をみつめたまま、言葉を返せずに立っていた。  話を信じてもらえなくても頭がおかしいと笑われても、あるいは魔女だと怖がられても、文句は言えないと覚悟していたのだ。  だが女の反応はそのいずれでもなく、次にかけてきた言葉も予想とはちがうものだった。 「さて、それじゃ中に入ろうか」  女は当たり前のような口調でそう言ってから、動かずにいる私のことを怪訝そうに見やった。 「うちで働きたいんじゃなかったの?」 「もちろんそうです。でも……」 「なら突っ立ってないで入んなさいよ。聞けばあんたは子どもの世話がうまそうだし、読み書きや礼儀作法なんかも知ってるし、ばかげたカードを捨てるだけの分別もちゃんと持っている。人手が足りなかったところだからちょうどいいよ」  そのとき、孤児院の中から幼い子どもの泣き声が聞こえてきた。複数の子たちがわめいている声も聞こえる。  女はちらりとそちらを見やり、やれやれと呟きながら肩をすくめた。  そして仕事に戻るべく、急いで門の扉を開けて、さっさと建物の中に入っていってしまった。  残された私は、強風を受けた門扉がきしみながら閉まる様子をじっと見ていた。  それから、心を決めて門に近づき右手を伸ばした。  紙でできたカードではなく、確かな手ごたえのある取っ手をつかむ。  そして、扉を押し開けた。  運命を切り拓いていく、そのために。  
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