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 北の山脈から吹き下ろしてくる木枯らしの中、私は薄手のショール一枚を肩に巻きつけ、何日もろくな食べ物を口にしていないやせた身体で立っていた。  目の前には孤児院の木製の門がある。門もその向こうの建物も古くさびれているが、聞こえてくる子どもたちの声は明るく楽しそうだ。  私も中に入りたい。寒風から守ってくれる建物の中で、ほっと息をついて安心したい──。  と、私と建物をへだてている道を、かごを抱えた大きな女が早足に横切ると、閉まっている門扉を開けようとした。  まかない女なのか、かごの中にはおいしそうなチーズの固まりやハム、林檎などがつめこまれている。  少しでいいから分けてもらえないだろうか──いや、働きもせず物を乞うのが恥知らずであることくらい、私だって知っている。  私は意を決して女に近づくと、緊張しながら呼び止めた。そして、どうか自分をここで働かせてほしいと懇願した。 「お願いします。こんなにやせていますけど、私なんでもやります。子どもの世話も得意なんです」  女は眉をしかめて向き直り、私の姿をじろじろと眺めまわした。 「ここの仕事はきついんだよ」  と言った彼女の声には、北に特有の訛りがあった。 「子ども相手だからって甘く見ちゃいけない。あんたみたいなお嬢様にできるもんかね」 「お嬢様なんかじゃありません」  私は必死だった。この女には、ある程度の人事権があるかもしれない。  私は何カ月も続いた逃亡生活に疲れ果て、衰弱し切っていた。所持金も底をつき、生まれた国に戻ることも二度とない。  ここにおいてもらえなければ、次にできるのは門の横で行き倒れになることだけなのだ。 「私、町で働きながら弟たちの面倒をみて暮らしていました。料理も洗濯も力仕事も、飽きるほどやったわ。もちろん、これからだってやるつもりです」 「じゃあ、これは何なの」  女はがっしりした手を伸ばすと、ぼろぼろになった私のショールを無遠慮に引っぱった。 「くたびれてるけど、この織物が高級なのは知ってるよ。それに、つけてる腕輪もずいぶん高そうだ。盗品だとでも言うのかね」  高級品なら、もっともっと身に着けていたのだ。だが高価な上着も装身具も旅の途中で売ってしまい、いま手元に残っているのはこの腕輪だけ。  ゆるくなってしまったそれを右手でさすりあげながら、私は答えた。 「これはご褒美にいただいたんです」 「へえ、そんな立派なものをいったい何のご褒美に?」 「占いを当てたご褒美に。私、お城の占い師でした」  さらりと口にしたものの、自分から告白するのははじめてだった。占い師というまさにそのために、いままで追われ続けてきたのだから。  意外な返答に女の瞳が見開かれた。興味の光がそこに宿り、彼女は話の続きをうながした。  話していいのだろうか、この人に。そんなことをしても、働き口がますます遠のいてしまうだけで、受け入れてもらえないのではないだろうか。  不安な気持ちがふくれあがり、私は一瞬、口を閉ざす。だがどう考えても、話す以外に彼女の足を止めておく方法はなさそうだ。  そこで私は、ありのままを語って聞かせることにしたのだった。語っている間だけは行き倒れにならないのだと、必死に自分を励ましながら。
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