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 そのようにして、私は王宮の住人となった。  はじめて間近に接した国王は、肖像画や銅像よりもはるかに力にあふれ、威厳に満ちていた。  そして、聖なる世継ぎをみごもったばかりの王妃様の、なんと美しかったことだろう。  私は商人の屋敷の立派さと、夫人や娘たちの美しさに感嘆していたが、この世にはそれとはまったく別の次元のものがあったのだ。真の華麗さ、荘厳さ、持って生まれた栄光といったものが。  そんな世界で、私もまた見上げるように高い天井の一室を与えられ、侍女たちにかしずかれながら暮らすようになった。  大理石と水晶、金と銀とでつくりあげられた部屋。私は最高級の絹の裾をひきずって部屋を横切ってゆくのだった。  腰には宝石の縫い込まれた帯をしめた。侍女の手でくしけずられた黒髪にも、同じ宝石が編み込まれている。  一日の終わりに使う浴槽は私専用で、虹色の泡がふんだんにあがった。泡と同じくらいやわらかなガウンに身を包み、やわらかな羽毛の布団で眠りについた。  王様からお呼びがかかると、私は彼の私室で望まれるままに占った。隣国との取引について、密使の派遣について。国内の動きについて、民の忠実度について。  王様は、私の言葉をたずさえて政にのぞむ。  私のしていること自体は以前とまったく同じで、ただカードを並べてめくるだけだった。しかし次々に的中してゆく私の言葉は、単なる占いではなくしだいに預言の響きを帯びた。  誰もが見ている、私の指先を。誰もが聴く、その語る声を。  それに魅了されるのは王様ばかりではなく、たとえば傍らに控えながら弦の音を響かせている、宮廷楽士などもそうだった。  若く麗しい楽士から声をかけられたとき、私はしみじみ思ったものだ。下町の通行人を呼びとめては安物を売っていた私にも、こんな運命が訪れるのだと──。  占いの対象に楽士を選んだことはない。それをするには王様の許可が必要だったからだ。  だがいずれ王族とは関係ない二人の時間が来るだろうし、占わなくてもいまはほかに語る話がたくさんある。    あるとき呼び出されて参上すると、待っていたのは王様ではなく、普段はただ占いを見ているだけの王妃様だった。  彼女は微笑みながら問いかけた。この子の──と、やさしくお腹に手を添えて──未来は祝福されているかしら?  私は王宮で政以外の占いをしたことがない。けれど王妃様のこの問いかけには親しみを覚えた。  王宮でも下町でも変わることのない、母の情愛があふれていたからだ。  私は期待通りの未来が現れることを願いながら、カードを開いていった。というより、それ以外の未来が現れるとは想像すらしなかった。  もちろん美しい依頼人もそうであったにちがいない。  実際はそれどころではなかったのだが──なぜなら、占うべき赤子の未来がなかったのだから。  思いがけない結果を前にして、王妃様は呻き声をあげ、侍女たちは泣き出し、王様や重臣たちが駆けつけて大変な騒ぎとなった。  私は自分の言葉の重さに呆然として、立ちすくんでいるだけだった。  しかし当初、私は感謝された。王妃様の身の安全を確保すべく、万全の用意をすることができたからである。  王妃様のまわりには倍の数の侍女がつきそい、医師がつねに後ろに控えた。召し上がる料理は、前にもまして吟味に吟味が重ねられた。  最初はふるえていた王妃様が、しまいには笑い出してしまったほどだ。  だがどんなに万全な用意も、未来をつくり出すことはできない。  ある真夜中、聖なる赤子は生まれることなく闇の世界に流れていった。王妃様の高貴な胎盤もろともに。  そしてそれを合図とするように、すべてが傾きはじめたのである。  
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