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待てど暮らせど猫はやってこなかった。
母は日増しに口数が減り、食が細くなり、起きている時間が短くなった。
日当たりだけはいい庭には雑草ばかりが増えた。
所用で出かけた帰り道、よろよろと道を横切る猫を見かけた。
両手で包み込んでしまえるほど小さく、痩せてあちこち泥で汚れている。
目が合うと精一杯大きな口を開け、出ない声を振り絞るようにして、おぼつかない足取りで駆け寄ってきた。
思わず抱き上げてしまった。
母の言葉がよみがえる。
死なれるのは悲しい、別れるのはつらい。
けれど、仔猫は腕の中で生きたいと鳴いている。
ほらお母さん、仔猫を拾ったよ。
ああ、ちーこだ、ちーこだ。戻ってきたのだねえ。
母は仔猫を、痩せてごつごつと節が浮いた手で抱き上げた。
仔猫は、そこが気持ちのいい場所だと初めから知っていたように、母の膝の上で丸くなった。
死なれるのは悲しい。別れるのはつらい。
でも、大丈夫だ。ねえ、ちーこ。
母は笑った。
予感したのだろうか。仔猫の死を見ることはない、ということを。
ちーこ、ちーこ。と母の呼ぶ声がする。
この穏やかな生活が出来るだけ長く続けばいいと思う。
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