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春が来たらペットショップに行こう。
一番ブサイクで売れ残りそうな子犬をウチの子に迎えよう。
名前はオスでもメスでも「さくら」。
あの聡明な瞳をしっかりと心に刻む。
新薬の開発や医療の発展には、さくらのような実験動物たちが活躍している。
そうして薬や治療を必要とする多くの人の命が救われている。
私もまた、その一人だ。
今更ながら、自分の仕事の重大さを再認識する。
でも、私にはこの職種が合っていなかった。
ただそれだけのこと。
そんな単純な理由を認めるのに、七年もかかってしまった。
だとすれば、本当の意味で、私が子供を産めない自分を認め、受け入れるにも多くの時間が必要なのかもしれない。
一変するであろう新生活にも大きな不安がある。
それでも私は、来年の桜の季節に新たな一歩を踏み出そうと思う。
こだわっていた旧姓。引っ越したら夫と同じ新田を名乗ろう。
新田由香として、生きてみようと思う。
「ありがとう」
ふいに溢れた感謝と共に、私の内側で、頼りなくも瑞々しい小さな双葉がぽっと芽吹いた。
了
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