リセット

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 僕もまた、そんな記憶管理システムの恩恵にあやかる国民の一人。僕たちからメモリーリーダーに送られた記憶データは、ネットワークを通じて政府のスパコンにつながっていて、管理者たちに自分の記憶を覗かれることを嫌がる人間は一定数いた。  だけど全国から集められる記憶データを精査して、政府は犯罪の予防やブラック企業の撲滅、障害者や独居老人の生活支援といった恩恵を僕らに還元してくれている。だから僕は自分の記憶をネットワーク上に垂れ流すことについて、それほど抵抗は覚えない。夢を見ずに熟睡することができて、なおかつ嫌な記憶を即座に忘れてしまえるなんて恩恵は、何ものにも代えがたいしね。  だけど〝夢を見る〟という現象が都市伝説となり、そんな話をしようものなら「妄言だ」と笑われる社会が誕生した頃。  僕はいつも、眠ると不可思議な現象に悩まされた。そしてどうやらその現象は、かつてこの世界において〝夢〟と呼ばれていたものによく似ている。  寝ている間に見る映像はいつも同じ。高校生くらいの、黒い襟(カラー)が目を引くセーラー服を着た女の子が、見覚えのある土手の上で僕を振り向き、笑いかけてくるものだ。 「ねえ、コータ」  と、彼女は時代遅れのおかっぱ頭を揺らしながら、無邪気に僕の名前を呼ぶ。  だから僕も彼女の名前を呼び返そうとするのだけれど、映像の中の僕は、彼女の名前を思い出せない。  何だっけ。  彼女の名前は、何だっけ。     
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