第一部 第一話 生と死、夢と現《うつつ》の狭間で……

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 少女は突然足を止める。目の前に、一際太く大きくそびえ立つ(ひのき)が目に入ったからだ。その周りだけ、大地を覆い尽くす植物の背丈が短い。直径およそ5mほどだろうか。  少女は疲れたようにその檜に背を預け、ゆるゆると腰を下ろした。ワンピースが汚れるのもお構いなしである。そして動物用キャリーバッグを、伸ばした両膝の上に乗せた。 「……ごめんねぇ。結局巻き込んじゃったね。今からでも、他の飼い主さん探そうか」  少女は優しく柔らかな声でモフモフふわふわの生き物に話しかけた。そっと、プラスチック制の蓋を開ける。中から明るい茶色の小さなふわふわ頭が覗いた。大きくてまん丸な瞳はこっくりとした漆黒だ。うるうると潤んで見える。淡いピンク色の小さな三角形の鼻、柔らかな桜色の唇。鼻の周りには繊細な細い髭が。モフモフふわふわの体は薄茶色だ。優雅に長い毛並みは艶々している。 「モグちゃん」  そう言って、右手で優しく小動物の頭を撫でた。甘えるようにキューイキューイと鳴いた。そのモフモフふわふわの名前は『モグ』。雄のモルモットの子供らしい。らしいと言うのは、そもそもの出会いが自宅近くの林の中だったからである。飼い主と何らかの事情で逃げ出したのか、それとも捨てられたのかは今もって不明である。SNSを駆使して飼い主に呼びかけたりしたが、とうとう現れなかったのでそもまま飼うことにしたのだ。インターネットで調べた結果、シェルティという種類のモルモットだと思われた。  少女はショルダーバッグの中から携帯を取り出す。そして画面を見ると大きくため息をついた。  圏外となっていたからである。 少女の名は『天方美言(あまかたみこと)』。(よわい)十八。ここはいわゆる青木ヶ原樹海。死に場所を求めてやってきたのだった。
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