序 ???の遺言状

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序 ???の遺言状

 少女はじっくりと部屋の中を見渡した。狭い車内には赤いカーペットが敷かれており、備え付けの家具も少女が見たこともないほどの高級なものに囲まれていた。  彼女が乗っていた三等車とは内部の作りは大きく違っている。そもそも大衆を運ぶ汽車の中に一つの部屋を作ってしまうのだ。  なんとなくその違いがちょっと腹立たしかった。  だからそれに手を伸ばした。  少しだけ開いた個室の扉から見えた金銀にダイヤモンド、ルビー、サファイアの装飾具。この部屋にのっている人の身分がうかがえるような高価な品物だった。それが個室の机の上の宝箱にあふれんばかりにのっているのだ。  わぁと心の中で声を上げた。そしてその中から真珠の首飾りを恐る恐るとってみる。  大丈夫。この時間、ここの車内の人たちは食堂車で優雅に食事をとっているはずだ。  ちなみに明治大正の時代には一等二等車の人間と三等車の人間が一緒に食事をとることなどありえない。時間で区切られているのだ。  だからこの人のいない時間を狙って彼女は興味本位で一等車に忍び込んだのだ。  それにしても……と彼女は思う。  世界がまるで違う。  この真珠の首飾りにしてもそうだ。     
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