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この人は自分を信じてくれる。ただ、友人を亡くし、驚いて、疑われて、不安で押しつぶされそうになっている初対面の自分を信じてくれる。
理由はわからない。
それでも彼女は安堵したのだろう。うっすらと目に浮かんだ涙を見れば、千早にはわかる。
「一緒に行こう。桜子さん。幸い、警部殿は高崎のあたりの名士に顔が効く。私たちと一緒であれば、警察に言われもない疑いで追われることも捕まることもないだろう」
「しかし……、お二人の旅にお邪魔ではないでしょうか」
魅力的な提案であったが、顔に分かりやすく邪魔と書いてある警部を見てしまうと桜子は戸惑った。
こちらも千早が耳元でささやいてやる。
「一緒に来てほしいんだ」
「えっ」
「警部殿は面白な御仁だがなかなかに二人きりの旅行は疲れる。君が来てくれた方が、気が休まるんだ」
「そ、そうですか?」
「そうだよ」
さらに魅力的な言葉を千早は囁く。
「これから行くところは華族のお屋敷でね、このあたりでは珍しい洋館なんだ。君、行ったことはあるかい?」
「いえ……」
普通の女学生が使用するような大きい建物と言えば学校くらいなものだ。
「行ってみたくはないかい?とても大きな庭があってね。桜の花が咲き乱れてるんだ」
「大きな庭園ですか?」
桜子の目が輝く。あと一押しだ。
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