序 ???の遺言状

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 ルビーの腕輪もダイヤモンドの指輪も金細工のネックレスも……見たことがない。  女学校に毎日登校して下校する。そして嫁に行くための修行に精を出す。休日もない。そんなありふれた少女の生活は大正時代にはよくある光景だった。  それとは違う世界がある。……ことは知っている。  しかし実際に目の前にすると……圧巻だった。  彼女はごく普通の少女であることを重ねて伝えておこう。  しかし、魔がさしたのだ。  次の瞬間、まるで悪魔に取りつかれたように彼女は宝石箱の中身をわしづかみした。  怒っていた。何で自分とこの部屋の主はこんなに違うのか。この貧富の差はなんなのだ。あかぎれの指で宝石に触れた時に、その怒りは沸点に達していた。  この境遇に。  広すぎる世界に。  大正という時代に。  みすぼらしい彼女自身に。  そしてこの部屋の主に。  ざまぁみろ。こうやって貴重品を持っているにもかかわらず、平然と部屋に置いていくその感覚。旅行に持ってくる根性。すべてにくそ喰らえ!  これらの品を身に着ける自分を想像した彼女が目を輝かせた時だった。  ふと背後で人の気配がした。  はっとして振り返った瞬間だった。  足が宙に浮く。とほぼ同時に頭を殴られたような衝撃が全身に広がった。 「あ」  たった一言だった。     
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