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まるで彼女の心を読んだかのようなタイミングで千早が話しかけた。
「知らないものは知らないのだし、知っているものは知っている。自分の知っているものを他人のすべてが知っているという誤解を持っている方がよっぽど己を知った方がいいね」
「はぁ」
「ちなみに私は世界をまたにかける鳳凰院とは本来縁遠い存在だ。気さくに接したまえ」
「そんな、縁遠いなんて言葉を使わないで下さいよ。千早さん」
二人の軽妙なやり取りで再び桜子は笑顔になる。
桜子にとって華族とは神様のような存在だった。率直に言えばもっと怖いかと思っていた。けれどこの二人は違う。
それだけで緊張が和らいだ。
「さぁ、そろそろ……のはずだよ」
千早の言葉に桜子は再び窓の外に視線を移した。
「……」
「どうしたんだい、桜子さん」
「一面壁でした」
楽しい光景を想像していたのに予想を覆された。
「これはすべて今向かっている榛原氏の屋敷の壁さ」
「ここ……ずっと!」
「確か榛原氏は石炭の仲介会社をやっているんでしたよね、千早さん?」
「そう。おそらくここは倉庫も兼ねているのだろう。しかし、帝都から離れた土地とはいえこれだけ広大な土地を持つのはやはりそれなりに力があることを意味しているんだろう」
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