Beginning time

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Beginning time

 綺麗に整備された石畳の上を、春風が吹き抜け、砂埃が舞い、細い車輪が横切りながら、チリチリンとベルの鳴る音が蝶のように入り乱れて、その背後の一段高くなった歩道には、様々な靴の音が、足早に通り過ぎては、近づいてくるを繰り返し、首都という雑踏を作り出していた。  人と自転車の流れの奥には、馬の蹄が乾いたリズムを刻み、重く大きな車輪が通り過ぎてゆく。右から左から、交差する馬車の川の流れの向こう岸には、赤レンガの立派な(へい)が、城壁という巨大な山脈のように長く連なっていた。  独自の文化を遂げた、和と洋が織りなす人混み。西洋ドレスや貴族服もいれば、着物や袴姿まで、様々な服装の往来から、数人が時折、赤レンガの塀の切れ目にある重厚感漂う正門へ吸い込まれては、別の服装が吐き出され、歩道の人の濁流へ紛れ込む。その右脇の柱には、黒を背景にし、金の筋が(つづ)る文字、治安省。  トゥーラシア大陸の東に位置する、人口5000万の小さな国、花冠(かかん)国。  そこの犯罪を取り締まる機関。  この時代、平屋が多く、裕福層でないと上階はなく、中心街から少し離れれば、海も山もパノラマ展望台並みに広がっているが、ここは国の役所街。当然、2階建ての建物たちが顔を連ねている。正面玄関のロータリーの植え込みには、銀の旗ポールが空へ(そび)え立ち、国旗と治安省の旗が春空の中で、弾劾という風格を放っていた。  入口へは入らず、建物の壁へ沿って、植え込みの間を通り過ぎてゆくと、規則正しく並ぶ、四角い窓の中には、私服と警察官のような制服を着た人々が、デスクに座って何かをしていたり、紙を手に持ち、話し合っている姿が活気という空気を織り成していた。  柱を何本か後ろへ見送る形で、奥へさらに入ってゆくと、建物の一番端の部屋が現れた。そこは、さっきまでとは全く違い、全体的に黄ばんだ空間で、人はいるのだが、精気が全く感じられない。窓から入り込んだ風は春の匂いが混じっていたが、部屋の中の濁った空気のおかげで、穏やかさは一瞬にして消え去った。  乱雑に置かれたファイルや資料の山。その合間にいる職員たちは、どこかぼんやりとしていて、吐く息はやる気ゼロ。  ここは、治安省の末端組織、聖霊寮(せいれいりょう)。  目には見えないもの、心霊関係の事件を取り扱う部署。
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