プロローグ

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 冷たいレンガで囲われた部屋と呼ぶにはお粗末な、だけど、牢獄と呼ぶにはまだ人間味が残っているような、そんな曖昧な位置に属した空間をぐるりと見回す。  簡易トイレと折りたたまれた寝具。  机にはコンセントが抜かれた手元を照らすライト。  両親を殺されてから六年、ここが僕の家だった。  鎖がついていた右足と右手首には拘束具の痕が残っている。  源ちゃんに会うまでには消えていて欲しい。  僕の過去を彼には知られたくない。  俯いていると鳥の鳴き声が頭上から聞こえてきた。  鉄格子がついた明かり取りにスズメが二匹立ち寄ってくれている。  スズメの寿命は一年から二年。  僕を慕ってくれていた子達とは違うだろう。 「僕、ここから出るんだ」  スズメは軽やかに飛び跳ねながら僕を見つめる。 「高校へ行くんだよ。神代高校へ。きっと、源ちゃんもそこにいる」  神代(かみしろ)は日本の最高峰と謳われる高校だ。  源ちゃんが来ないはずがない。 ―オレが絶対、禅を日の当たる場所へ連れて行ってやる。  六年前の約束を瞼の裏で再生し、口が勝手にニヤける。  この場所で笑う日が来るなんて思いもしなかった。  僕がここにいた間も世界は忙しなく回っていたようで、広辞苑に載っていなかった言葉がいくつか増えたのだそうだ。  ご飯を運んでくれる花梨(かりん)さんがそう言っていた。  以前、能力者と呼ばれていた人間には(ぎょく)、非能力者には玉使い《ぎょくつかい》という固有名詞が与えられ、はっきり区分けされているらしい。  ついに能力者が非能力者の道具になる時代がきてしまったのだ。  人がヒトを人と思わずに扱う。  それがまかり通った。  昔と今を知っている僕には歪んだ世界にしか見えない。
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