はちみつ色

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今描いているこの一枚は、先週描きかけで止めてしまったものだ。何とか今日中に仕上げてしまいたいと思い、太一は夢中になって鉛筆を滑らせる。さらさらと紙を撫でる音と、蝉の声が鼓膜を揺らす。せめてこの蝉の声が無ければもう少し涼やかな気分になれるのに。心の中で文句を並べ立てていると、ふいに聞こえてくる足音。とたとたと軽いその音は、よく聞き覚えのあるものだった。 「こんにちは!いつもここで絵を描いていますよね!」 足音の正体は、ことりだった。にこっと華やかな笑みを浮かべ、他でもない太一に話しかけている。思いがけぬ出来事に一瞬思考が固まるが、慌ててスケッチブックをひっくり返す。心臓がバクバクとうるさく鼓動し、口から飛び出してしまいそうだ。震える唇を何とか動かして、まぁ…、と答えとも言えない声を上げると、ことりは太一の前にずいと爽やかな黄色のアイスクリームを差し出してくる。 「コレ、どうぞ!」 「え………」 「今日猛暑日なんですって。熱中症とかこわいですから、あっ、店長にはちゃんと許可とりましたよ」 「いや、でも」 「ほら、溶けちゃうから早く!」 半ば強引に手渡されたアイスクリームのカップは、ひんやりと冷たい。カップが移動する一瞬、手が触れ合い、泣きたくなった。 お金、払います。と太一が財布を取り出すと、ことりはきょとんと首を傾げてみせる。それから、けたけたと声を上げて笑い、いりませんよぉ、と間延びした口調で答えた。 「お兄さん、毎週ここに来てるでしょ?ほら、美味しかったら今度はお店に来てくれるかなって、ちょっとした下心入りなので」     
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