第一話 悪夢

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第一話 悪夢

『あなたは誰なの……』  暗がりに浮かび上がった女の顔は、恐怖に青ざめている。やや、やつれているかのような暗い表情の女性の顔にはまるで生気を感じられない。ただあるのは、恐怖に怯えた瞳が此方に向けられていると言う事。 『あなたを産んだ覚えはないわ……』  震える声で呟くように女性はそう言った。一番信頼していたはずの人間から発せられたその言葉は、深く傷つく要素を十分に含んでいる。 『寄らないで……触らないで! いやぁっ!!』  完全に拒絶した悲鳴のような声で女性はそう言い放った。顔を背け、体を縮み上がらせながら怯えの色を濃くする。  いつからだったか、繋いでいたはずの手は振り払われた。激しく、まるでケダモノを振り払うかのように……。 『お前はあいつと魔物の間に生まれた、魔物と人間のハーフだ!』  次に暗がりに浮かび上がった男の顔は、軽蔑と憎悪、そして恐怖から鬼のごとき顔を見せていた。突如として投げつけられた言葉は、あまりに衝撃的で愕然とさせる。 『この化け物め! そんな目で俺を見るんじゃない!』  体中を打ち震わせ、入り混じる感情に力任せに振り下ろされた手は、体がよろめくほどに強く頬を打ち抜く。 『お前達は俺を裏切ったんだ……だから、この仕打ちは当然の報いなんだよっ!』  大きく見開かれた瞳。口元には薄ら笑いすら浮かべ、気が触れたように大きく振り上げた足は激しく体を蹴り上げる。例え血を吐いても、休む事無く延々と……。  必要とされて生まれてきたはずなのに、そうじゃなかった。  愛されていると思っていたのは、勘違いだった……。 「…………じゃない」  暗闇に蹲り、幾度と無く頬を濡らした涙が伝い落ちる。何度声にしても誰の耳にも届かない叫びは、ただ辺りに虚しく響き渡るだけ。それでも限界を迎えていた心を少しでも静めるために、彼は幾度となく叫んだ言葉を、天を仰いでもう一度叫ぶ。 「俺は……俺は、こんな姿に好きで産まれた訳じゃない!」
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