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両親と妹との夕食もそこそこに自室へ戻ると、イーリスはクローゼットから狩猟用の衣服を取り出した。白いシャツと、柔らかな皮で作られたベストに乗馬パンツを身に付ける。一応、万が一の為に、ベルトに短剣を挿したが、木からオレンジをもぎ取る時にしか使ったことがない。
着替えを終えると、今度は頭上高く結い上げられた金色の髪をといた。流行りの髪型ではあるが、これだと髪の重さで頭がぐらつくし、顔を素早く左右に向けることもままならない。後ろでひとつに束ね、きつく縛った。
最後に黒い、長いマントを羽織る。初夏とはいえ、夜はまだ冷える。防寒の為と、闇に紛れる為──イーリスには防寒目的しかなかったが。
覚悟を決めてバルコニーへ出た。吉とでるか凶とでるか、今宵は満月である。世界は冴々とした蒼い光に満たされている。
夜闇のなかをランタンなしで彷徨うのは憚られるが、これだけ月明かりがあれば充分だ。その代わり、他者から自分の姿も見つけやすいということになるが、そこまでイーリスは考え及んでいない。
手すりに両手をつきジャンプすると、じたばたしつつ片足をかけてどうにかよじのぼった。
闇に染まった漆黒の地面に目を凝らす。
宮殿の2階となると、地面まで相当な高さがある。自分で繋ぎ会わせたシーツの結び目はほどけないか、地面に着くまでに破けないかなど不安は尽きないが、やるしかないのだと奮起し、シーツの端を手すりに縛り付けた。
2、3度シーツを引っ張り、一応ほどけないであろう事を確認すると、意を決して手すりを乗り越えた。
ゆっくり、ゆっくり体を降ろしていく。目線の高さがバルコニーの床とやっと同じになったところだというのに、早くも両腕は悲鳴を上げている。しかしこの高さから飛び降りるには、まだ地面は遠すぎる。己を鼓舞し、僅かにスピードをあげた。
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