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もうちょっと、もうちょっとで足が着く筈。
指先から肩まで、腕がまるで石になってしまったかのように感じる。しなった背中が痛い。つま先は地面を求め震えている。
まだか、まだ着かないのか。
もう駄目だ。手に力が入らない。
この高さから落ちたらどうなるだろう。打ち所が悪かったりしたら、最悪の事態になってしまうのか。それとも「通りすがりの勇者」みたいな人とか「通りすがりの王子様」みたいな人なんかが受け止めてくれる……のは、おとぎ話の世界だけだろう。
ああ、私は国を守るどころか、自分のことさえ守ることができなかった。お父様お母様ごめんなさい──
堪えきれず、イーリスは両手を離した。
刹那、ふわりと内臓が浮き上がるような感覚に襲われたかと思いきや、すぐさまどすんと尻餅をついた。落下する感覚ではない。尻餅である。
(あ………あら?)
伸ばした指先が、固く冷やりとした地面に触れた。何のことはない、地面まであと僅かというところで必死にシーツにしがみつき、腕をぷるぷるさせていたのだ。もし「通りすがりの勇者」や「通りすがりの王子様」に見られたら、間違いなく失笑を買ったであろう。
(誰にも見られなくてよかったわ)
そもそも誰かに見られていたとしたら、北の塔にあるサン・クレールを盗み出すという当初の重大なる目的を果たせなくなるが、そこまでイーリスは考え及んでいない。
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