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ランタンの心細い暗橙色の光だけを頼りに階段をのぼる。靴音が悲しげに響く。通りすぎる部屋の小窓から、ぎょろりとした目がこちらを凝視しているかのように感じて、イーリスは俯き、ひたすら自分の足もとだけに意識を集中させた。
魔物などいない。
死者は甦らない。
口のなかで呪文のように繰り返し唱えながら、ようやく最上階へとたどり着いた。まるで3年ほど旅に出ていたような感じがする。ほっとすると同時に、更なる緊張に包まれた。
この部屋に「サン・クレール」というものがあるらしい。見た目は水晶玉のようなもの──大きさは? 重さは? 箱に入っている? 持ち運べる?
ここで考えていても仕方ない、水晶玉のようなものを探すだけだ。
(水晶玉のようなものがたくさんあったら……?)
いや、サン・クレールは「大いなる魔力」が秘められたものなのだ、そのへんの水晶玉とは色とか輝きなんかが違うだろう、たぶん。
思い切ってドアに手をかけた。か細い悲鳴のような音が辺りに充満し、重い扉が開いた。
高い位置にある窓から月の光が射し込み、部屋の中を蒼白く照らしている。その窓の下に大きな机が鎮座し、四方の壁はすべて棚で埋め尽くされ、よく解らない得体の知れないものがそこらじゅうに散らばっている。机の上も然り。このなかからサン・クレールとおぼしき水晶玉のようなものを見つけ出すには、相当な時間を要するだろう。
歴代プルミエ・マージの秘密の小部屋というには、あまりに乱雑すぎる。 否……秘密であるが故に、この部屋の歴史が始まって以来、掃除や片付けをする者をも寄せ付けず、結果こうなったと考えると如何にも腑に落ちる。
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